時事備忘録

最近物忘れが酷いので・・・

検察人事と検察庁法改正

まず流れを説明する前に基本的な法務省検察庁の人事について説明しょうと思う


2014年に各省局長級人事は内閣人事局にて行うことになった。これは時の政権に左右されることなく政治主導を実現するために「与野党合意」の上で議論が進められ「内閣人事局」の設置に至る

ただこの時点から既に法務省検察庁の人事については問題を含んでいた。つまり法務省は「内閣人事局」による人事の範疇だが検察庁の人事は「内閣人事局」の外に置かれた。これは司法権の一部を検察庁が持つため「内閣人事局」に入れるのは難しいというものだった

しかし検察庁の人事。特に「認証官」である高検検事長次長検事検事総長は内閣が閣議によって人事を決定する。つまり内閣人事局の設置に関係なく検察庁の人事権は内閣にあり、司法権の一部を検察庁が持つという部分に齟齬が生じたままグレーな部分が残った

さらに法務省検察庁の人事は一体であり高官は法務省検察庁の間を行ったり来たりする・・・これも内閣人事局による各省高官人事という部分にグレーゾーンを残す事になった。つまり法務省検察庁を行き来する人事を誰が掌握するのか?

では法務省における人事の格付けだが、トップから

 

検事総長

次長検事・東京高検検事長

大阪・名古屋検事長

地方検事長

法務省事務次官

 

であり、組織上は法務省の外局である検察庁のトップ検事総長が、法務省本省トップの事務次官より4段も格上という

もちろん法務省事務次官検事総長とも「法務大臣」の指揮権に服する

そして実質的に法務省トップ(名目上の事務方トップは事務次官)である「検事総長」になるためのスッテプが存在した。それが

 

法務省事務次官→東京高検検事長検事総長

 

であり一部例外を除き「検事総長」になるためにはこのスッテプを踏む

長々と説明したがコレが前置きである・・・

 

 

では今回の検察庁人事がどのうような流れで進んできたのか説明すると

 

まずさかのぼる事、2016年。当時の大野検事総長の人事構想は西川氏→稲田氏→林氏の順番で検事総長を継承させるこのだった

 

2016年7月

ここで林氏を事務次官に(ゆくゆくは東京高検検事長検事総長)するという案を当時事務次官の稲田氏が官邸に提示する。4年後に林氏を検事総長にするにはここで事務次官になっておく必要があるからだ。さらに黒川氏を地方検事長へ転出を提示するがいずれも官邸は拒否する

 

2017年7月

事務次官に就任していた黒川氏は人事案を再び官邸に提示。それは・・・


稲田仙台高検検事長→東京高検検事長
黒川事務次官(自身)→仙台高検検事長
林刑事局長→事務次官

というものであり、もとの大野検事総長の人事構想に戻すものだった。が、これも官邸は拒否

 

2017年12月

黒川事務次官は更に官邸への根回しを続け、林刑事局長を事務次官に押し込もうとする
そして年が明けて2018年1月。黒川事務次官の提示した「林刑事局長→事務次官」案を菅官房長官は了承する

しかし当時の上川法務大臣はこれを拒否。結果として林刑事局長は名古屋高検検事長へ転出。林氏を事務次官になんとか押し込もうとして黒川事務次官そのまま留任ということになる

上川法務大臣は当時。アジアではシンガポールにしかない「国際仲裁センター」の東京設置を推進していたが、林刑事局長が徹底的に抵抗したことに対して思うところがあったとされる

上川法務大臣といえば麻原彰晃の死刑執行に判を押した人物として有名だが、林氏の事務次官就任を菅官房長官に自らの辞職まで言い出し食い下がって拒否したようだ。菅官房長官にしてみれば麻原彰晃の死刑執行前に辞めると言われては新たに泥かぶり役を探さねばならない

 

2019年1月

黒川事務次官は東京高検検事長となる。奇しくも検事総長へのステップは当初の林氏ではなく黒川氏が踏むこととなる・・・

だが現在の稲田検事総長には逆転の構想があった。つまり自分が定年まで勤めれば黒川氏が先に定年を迎える。なので稲田検事総長は黒川氏に検事総長を譲る為の早期退官を拒否。さらに黒川氏が定年になれば林氏を横滑りで東京高検検事長へ。これで元通り林氏を検事総長にできると・・・

しかし今度は黒川氏の定年延長案がでる。これは秋元司衆議院議員収賄罪で起訴する為に必要ということであった。その後黒川氏の定年延長案が法務省内から出て検事総長の承認後に法務大臣に報告され法務大臣閣議請議により閣議が開催され決定した

 

しかし最後に黒川氏の麻雀賭博が発覚し、黒川氏は辞任。林氏が横滑りで東京高検検事長となる

 

最終的に林氏が検事総長となった。これで終了かと思いきや安倍総理に変わった菅政権は問題の発端であった上川氏を再び法務大臣とした

 

今後これはどういう意味を持つのか?

個人的には菅総理大臣から検察庁への強烈なメッセージだと思っている・・・